モントリオールの電子音楽について書こうと思ったのは、個人的な嗜好によるところが大きい。筆者はレフトフィールド・ハウスやエクスペリメンタル、ミニマルな電子音楽に惹かれてきた。派手に主張して踊らせるわけではないが、不思議と聴き終えたあとも頭に残る。そうした音楽に、これまで何度も救われてきた。

最近になって気づいたのは、そのような感触を持つアーティストたちが、カナダのモントリオールに数多く集まっているということだ。

だからこの記事は、客観的なトレンド分析というより、ひとりのリスナーとしての実感として読んでほしい。モントリオール発の電子音楽が、なぜ心地よく感じられるのか。その背景を、街と音楽の関係性から辿ってみたい。

モントリオールの歴史

1970年代にはディスコ、1980年代にはニューウェーブの主要拠点として世界的に名を馳せたモントリオールは、1990年代初頭に入ると多様な音楽シーンを形成していった。アメリカから流入したハウスミュージックは市内のゲイクラブを中心に広がり、同時期にはユーロダンスや初期のフレンチ・タッチがラジオを通じて大衆的な支持を獲得していった。

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ニューヨークの伝説的クラブ「パラダイス・ガレージ」の元DJアンジェル・モラエスが共同設立した「Stereo」は、卓越したサウンドシステムと世界中から集うダンスミュージック愛好家の熱烈な支持により、ナイトライフの聖地とも呼ばれる存在となった。

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CBC(カナダ放送協会)のインタビューに答える、いわゆる“ロボット人格”以前のDaft Punk。

フランス語圏でもあるカナダでは、Bob SinclarやDaft Punkを世に送り出したフレンチ・タッチが、世界的ムーブメントになる前から受け入れられていた。

一方、英国由来のレイヴ文化は、当時きわめてアンダーグラウンドだったテクノパーティと結びついた。1993年にモントリオール初のレイヴ「SOLSTICE」が始動すると、数千人規模の参加者を集める大成功を収めた。開催場所が前日まで電話でしか明かされない違法レイヴは、若者を中心に瞬く間に広まっていった。

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Richie Hawtinら著名なDJも参加した「SOLSTICE」のフライヤー。

主催者のTigaは当時を振り返り、こう語る。

「レイヴには独自の美意識があった。フライヤーのデザイン、パーティーの名前、服装に至るまで。それにエネルギーレベルも——当時はまったく新しいムーブメントだった。」